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件名 | : NPC『ドール四季姉妹』の情報纏め |
投稿日 | : 2023/12/01(Fri) 14:13 |
投稿者 | : 柊一 |
参照先 | : |
『とある少女の墓標』イベントによって発見・修理いただいて、都にやって来た、四体のドールの纏め。
通称:四季姉妹。名前に春夏秋冬の字が入っている。
内訳は『動物モチーフのカスタマイズされたメイド型』が3体に、『戦闘型』が1体となる。
再起動させられた順に長女~末妹に位置付けられているため、春(長女)→秋(次女)→冬(三女)→夏(四女)となっている。
製造・所属していた地が同じということから、『姉妹になれるかもしれない』と主人達に言われており。当人たちの認識は以下のものとなっている。今後変わり得る可能性もある。
メイド型(春・秋・冬):細やかな疑似人格が搭載されており、メイド型同士、仲間として認識しあい、可能性を感じている。戦闘型へも『大きな意味での仲間、友達であると認識することは可能』である。
戦闘型(夏):戦闘任務に従事可能な最低限の人格しか搭載されていない。……のだが、最近は主人の自宅の警備、その幼い義妹の育児の補助や家事に従事している結果、ごく淡く情緒に萌芽が見られだしている。
メイド型のことを『同じドール』という認識はしている。
また、メイド型3体(春・秋・冬)には『故郷でのメモリーが断片的に残っており、アーカイブに収納。深層記憶に格納⇒再起動』している。かつての記録を取り戻す可能性がある。
戦闘型(夏)は『まっさら』であり、ゼロからのスタートとなった。
修理・相談元は『貸し工房【メルカヌス】』となっている。
✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ 。.ꕤ‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿ꕤ
【春:長女】――春華(はるか)
種別:フクロウモデルのメイド型(キッチンメイド)
外見:肩にかかる程度の黒髪、桜色の瞳。少し大人びて清楚な顔立ち
デフォルト衣装:何枚もの布が羽根のように折り重なったデザインのヘッドドレス。何枚もの布を緻密に折り重ねて作られた、白地に青の配色のエプロンドレス(内ポケットが沢山着いていて、見栄えよく沢山の調理器具を持ち運ぶことができる)
性格:温和で穏やかな性格。繊細な感性をもつ。が、時おり眼光が凄く鋭くなることがある
特徴:料理や目利きがとても上手。
家事労働モジュールが搭載されており、様々な料理の知識が登録されている。追加で料理のレパートリーや味の好みを教えることも可能。標準的な家事手伝いも可能としている
マスター登録:柊一(メイン)、輝夜(サブ)
サンプル挙動:「本日のおやつは如何なさいましょう、ご主人様。…畏まりました。では、今最も熟れており食べ頃となる果実を選出いたしますね。しばしお待ちを…(ギンッ。ひと際目力が強くなる)」
【夏:四女】――夏鈴(かりん)
種別:軍用モデルの戦闘型(通称:『プラグマ』タイプ)
外見:セミロングのブロンドの髪、グリーン(ペリドット似)の瞳
普段着:動きやすいシンプルなパンツスタイル
未踏区域等の同行時:迷彩服に各部をプロテクターで覆う
性格:四角四面なお堅い軍人タイプ。戦闘に特化しており、感情は有無すらも未知数。主人の意図する任務を達成することには喜びを感じる。
が、現在、ごく稀にごく微細な挙動で、刹那に表情筋の変化を見せる時がある
特徴:多様な戦場での運用を想定されており、モジュールのインストールによって、多様な専門任務に就くことができる。
多岐にわたる武装の換装・行使を可能としており、プリインストールされた武器用法の他、新規の武器でも使用方法を高速で学習することができる。
個人および集団戦の双方に対応しているものの、部隊運用時に最大の戦闘力を発揮できるよう設計されている。
…というハイスペックなポテンシャルを持ちつつ、『椿鬼宅の警備と家事・育児の補助』を行っており。
さらに『ドールに自由意思を尊重して育てていく』忍野の基本方針によって、再起動以降、戦闘データに更新はされていない。
指示待ち族からの気長な脱却を目指している
マスター登録:椿鬼
サンプル挙動:「現在時刻、ヒトマルマルマル。任務『かくれんぼ』を開始します」
【秋:次女】――秋穂(あきほ)
種別:犬モデルのメイド型
外見:プラチナブロンド:オレンジブラウン=7:3の斑を表現した髪色。緩く結ったセミロング。ぽてっとほわっとした顔立ち
デフォルト衣装:犬耳型のヘッドドレス、丈夫な作業用のエプロンドレス、尻尾モジュール(感情に合わせて動く)
性格:言いつけをよく守り忠実であるものの、明るく天真爛漫で子どもっぽい。モコモコもナデナデも遊ぶのも仕事も大好き(ナデナデ>モコモコ>遊ぶこと>仕事)。
しかし、精神的に非常にタフな一面も持つ。得意なことも苦手(料理など)なことも一生懸命に取り組む
特徴:難しい作業は苦手としているものの、掃除や雑務や子守りなどの手伝いを着実にこなすことを得意としている。
また、戦闘用がカスタマイズされたものであり、腕力が強い。
当人も『おうちを守る』ことを可能な仕事として挙げており、家と家族を守る、番犬としてのスペックも兼ね備えている。
対人ではパワーリミッターがかかるので、通常は問題ない
マスター登録:焔(メイン)、アントニオ(サブ)
サンプル挙動:「はわわわっ。今日のティータイムのお菓子も美味しそう…!!ハッ、いけないいけない。お仕事しないとっ。…え?味見してもいい、ですか?本当ですかっ!ワーイ!!」
【冬:三女】――美冬(みふゆ)
種別:猫モデルのメイド型(パーラーメイド)
外見:絹のような銀色がかった白髪、ツーサイドアップ。アイスブルーの瞳(瞳孔の形が可変可能)、スラッとしたボディライン
デフォルト衣装:末下がりの猫耳型ヘッドドレス(動く)、空中でバランスを取れるくらい長い猫尻尾モジュール(動く)
カワイイ系のホワイトとピンクで彩られたゴスロリメイド服。とても甘いデザインだが、猫らしい油断のなさも併せ持つ
性格:しっかり者であり丁寧な物腰だが、お小言が多い。
自我を強く持ち、気位の高い一方で、主人や主人の友達、自分の同僚たる仲間のことを第一に考える。
勉強を教えたりもできるものの、少々厳しめ系の性格
特徴:特別な視覚センサーを持っており、視覚優位であり夜目が利く。優雅な立ち居振る舞いを身に着けている、秘書タイプ
マスター登録:柊一(メイン)、輝夜(サブ)
サンプル挙動:「ご主人様。本日のご予定ですが、〇時に〇×様との会談、〇時に△△△でのご昼食、〇時に〇×店とのご商談――(以下、つらつらと滑舌のよい羅列が続く)」
通称:四季姉妹。名前に春夏秋冬の字が入っている。
内訳は『動物モチーフのカスタマイズされたメイド型』が3体に、『戦闘型』が1体となる。
再起動させられた順に長女~末妹に位置付けられているため、春(長女)→秋(次女)→冬(三女)→夏(四女)となっている。
製造・所属していた地が同じということから、『姉妹になれるかもしれない』と主人達に言われており。当人たちの認識は以下のものとなっている。今後変わり得る可能性もある。
メイド型(春・秋・冬):細やかな疑似人格が搭載されており、メイド型同士、仲間として認識しあい、可能性を感じている。戦闘型へも『大きな意味での仲間、友達であると認識することは可能』である。
戦闘型(夏):戦闘任務に従事可能な最低限の人格しか搭載されていない。……のだが、最近は主人の自宅の警備、その幼い義妹の育児の補助や家事に従事している結果、ごく淡く情緒に萌芽が見られだしている。
メイド型のことを『同じドール』という認識はしている。
また、メイド型3体(春・秋・冬)には『故郷でのメモリーが断片的に残っており、アーカイブに収納。深層記憶に格納⇒再起動』している。かつての記録を取り戻す可能性がある。
戦闘型(夏)は『まっさら』であり、ゼロからのスタートとなった。
修理・相談元は『貸し工房【メルカヌス】』となっている。
✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ 。.ꕤ‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿‿ꕤ
【春:長女】――春華(はるか)
種別:フクロウモデルのメイド型(キッチンメイド)
外見:肩にかかる程度の黒髪、桜色の瞳。少し大人びて清楚な顔立ち
デフォルト衣装:何枚もの布が羽根のように折り重なったデザインのヘッドドレス。何枚もの布を緻密に折り重ねて作られた、白地に青の配色のエプロンドレス(内ポケットが沢山着いていて、見栄えよく沢山の調理器具を持ち運ぶことができる)
性格:温和で穏やかな性格。繊細な感性をもつ。が、時おり眼光が凄く鋭くなることがある
特徴:料理や目利きがとても上手。
家事労働モジュールが搭載されており、様々な料理の知識が登録されている。追加で料理のレパートリーや味の好みを教えることも可能。標準的な家事手伝いも可能としている
マスター登録:柊一(メイン)、輝夜(サブ)
サンプル挙動:「本日のおやつは如何なさいましょう、ご主人様。…畏まりました。では、今最も熟れており食べ頃となる果実を選出いたしますね。しばしお待ちを…(ギンッ。ひと際目力が強くなる)」
【夏:四女】――夏鈴(かりん)
種別:軍用モデルの戦闘型(通称:『プラグマ』タイプ)
外見:セミロングのブロンドの髪、グリーン(ペリドット似)の瞳
普段着:動きやすいシンプルなパンツスタイル
未踏区域等の同行時:迷彩服に各部をプロテクターで覆う
性格:四角四面なお堅い軍人タイプ。戦闘に特化しており、感情は有無すらも未知数。主人の意図する任務を達成することには喜びを感じる。
が、現在、ごく稀にごく微細な挙動で、刹那に表情筋の変化を見せる時がある
特徴:多様な戦場での運用を想定されており、モジュールのインストールによって、多様な専門任務に就くことができる。
多岐にわたる武装の換装・行使を可能としており、プリインストールされた武器用法の他、新規の武器でも使用方法を高速で学習することができる。
個人および集団戦の双方に対応しているものの、部隊運用時に最大の戦闘力を発揮できるよう設計されている。
…というハイスペックなポテンシャルを持ちつつ、『椿鬼宅の警備と家事・育児の補助』を行っており。
さらに『ドールに自由意思を尊重して育てていく』忍野の基本方針によって、再起動以降、戦闘データに更新はされていない。
指示待ち族からの気長な脱却を目指している
マスター登録:椿鬼
サンプル挙動:「現在時刻、ヒトマルマルマル。任務『かくれんぼ』を開始します」
【秋:次女】――秋穂(あきほ)
種別:犬モデルのメイド型
外見:プラチナブロンド:オレンジブラウン=7:3の斑を表現した髪色。緩く結ったセミロング。ぽてっとほわっとした顔立ち
デフォルト衣装:犬耳型のヘッドドレス、丈夫な作業用のエプロンドレス、尻尾モジュール(感情に合わせて動く)
性格:言いつけをよく守り忠実であるものの、明るく天真爛漫で子どもっぽい。モコモコもナデナデも遊ぶのも仕事も大好き(ナデナデ>モコモコ>遊ぶこと>仕事)。
しかし、精神的に非常にタフな一面も持つ。得意なことも苦手(料理など)なことも一生懸命に取り組む
特徴:難しい作業は苦手としているものの、掃除や雑務や子守りなどの手伝いを着実にこなすことを得意としている。
また、戦闘用がカスタマイズされたものであり、腕力が強い。
当人も『おうちを守る』ことを可能な仕事として挙げており、家と家族を守る、番犬としてのスペックも兼ね備えている。
対人ではパワーリミッターがかかるので、通常は問題ない
マスター登録:焔(メイン)、アントニオ(サブ)
サンプル挙動:「はわわわっ。今日のティータイムのお菓子も美味しそう…!!ハッ、いけないいけない。お仕事しないとっ。…え?味見してもいい、ですか?本当ですかっ!ワーイ!!」
【冬:三女】――美冬(みふゆ)
種別:猫モデルのメイド型(パーラーメイド)
外見:絹のような銀色がかった白髪、ツーサイドアップ。アイスブルーの瞳(瞳孔の形が可変可能)、スラッとしたボディライン
デフォルト衣装:末下がりの猫耳型ヘッドドレス(動く)、空中でバランスを取れるくらい長い猫尻尾モジュール(動く)
カワイイ系のホワイトとピンクで彩られたゴスロリメイド服。とても甘いデザインだが、猫らしい油断のなさも併せ持つ
性格:しっかり者であり丁寧な物腰だが、お小言が多い。
自我を強く持ち、気位の高い一方で、主人や主人の友達、自分の同僚たる仲間のことを第一に考える。
勉強を教えたりもできるものの、少々厳しめ系の性格
特徴:特別な視覚センサーを持っており、視覚優位であり夜目が利く。優雅な立ち居振る舞いを身に着けている、秘書タイプ
マスター登録:柊一(メイン)、輝夜(サブ)
サンプル挙動:「ご主人様。本日のご予定ですが、〇時に〇×様との会談、〇時に△△△でのご昼食、〇時に〇×店とのご商談――(以下、つらつらと滑舌のよい羅列が続く)」
件名 | : かの御世への雨色路線 |
投稿日 | : 2023/11/10(Fri) 12:50 |
投稿者 | : 柊一 |
参照先 | : |
六月二十八日の夜であった。
つかの間に都に添うた、未踏区域『あじさい駅』の、最終列車が走るとされる夜であった。
忍野柊一は、色とりどりの紫陽花が咲き乱れては、しとしとと小雨の降り続く駅にて。
思いがけず、前世に縁ある御仁たちと再会する。その一幕の続きの場面である。
ふぅわりとした涼しげな色みの水干に烏帽子姿の男性、安倍晴明と。より深く渋みある色合いながら仕立てのよさを感じさせる水干、烏帽子とを身に着ける男性、源博雅の足元に、柊一は跪いていた。
肩には博雅の手が載っている。『顔を上げろ。…よう顔を見せてくれ』と告げて、彼は、揺れるどんぐり眼でもって、じっと柊一の顔を覗きこんできた。
『ほんに、見えているのだな。俺たちのことが。それに……』
『記憶を取り戻されたか。……どこまで思い出された?』
晴明が博雅の言葉に続く。畳んだ扇の先で口元を隠し、油断なく切れ長の目を細め、見下ろしていた。かつてと寸分変わりのない隙のない在り様に、逆に懐かしさすら覚えながら、柊一は口を開いた。
「俺が、貴方がたに縁ある存在であること。……博雅様の、子飼いの忍であった……橘頼長であったことまでを」
『……然様、か』
どこか噛み締めるように晴明は告げる。その瞳が横へと転がされて、何事か思案している様子であった。彼の胸の内は読みづらい。今も昔も変わらずに。
主人とは本当に、正反対の御仁であった。吸い寄せられるように柊一は博雅を見上げる。
「博雅様がたは、今は……如何様にお過ごしで?」
『ああ。俺たちは晴明の子孫の……春明(はるあき)と共に在るんだよ。なあ、晴明?』
『うむ。我らの世代では終えられなんだ宿縁を終わらせるためにな。とうに霊魂のみとなり果てた身ではあるものの。守護霊として、子孫を盛り立て学ばせているところだ』
「盛り立て、学ばせているとなると……その方も陰陽師に?」
『うむ。はっはっは。高校生と陰陽師の二足の草鞋という奴だな』
『柊一よ。かように簡単そうに言うておるがな。晴明のしごきは、それはもう厳しうてなあ。時おり俺は見ていられなくなってしまう』
「おや」
『はっはっはっは。二年だ。あと二年で仕上げてみせる』
気持ちよさげに晴明はコロコロと笑う。もちろん、口元は要所要所で扇で隠しているけれども。子孫との生活が楽しいのだな、ということが察せられた。あるいは隣に友がいることも起因しているに違いない。
飄然としているものの。この陰陽師は、友のことが大好きで大切で堪らないのだから。
話を聞いていて、柊一は思わずとこの言葉が口をついて出た。言った後で気付いた。
「俺もぜひ、お二人にお力添えを――」
その思いが、もう叶わないということを。言いかけて気付き、目を瞠っては黙りこくった。
なぜだろうか、直感的に分かってしまった。このまま彼らと共に行くことはできぬのだということが。元の世に帰れぬということが分かった。
それに、元よりもう、都での生活があった。家族があり友達がいた。
唇を結んで、眉を寄せてはその末尾をも垂らす柊一を見下ろし、博雅も近い顔つきをしていた。ほんのわずかに肩へと置かれたままの指に力が籠る。
『……俺とて』
『博雅』
『いや、言わせてくれ、晴明。最後かもしれぬのだから、これが。柊一。……忍野柊一よ。……かつて、俺の忍であった子よ』
博雅の瞳が揺れていた。泣きそうだな、と反射的に思った。だが。柊一は動くことができなかった。かつてのように傍に侍り、そうして彼のために動く代わりに。今だけは取り戻されているらしい、かつての温もりを肩から感じながら。
素直に応じるのみであった。
「はい」
博雅は口を小さく開け閉めした後に、意を決したように言葉を紡いできた。
『俺とてな、柊一。お前を……今一度、連れてゆきたいと……思うているのだよ。今度こそ、共に行きたいと。お前がついてきてくれるのなら心強い上に……今度こそ、真の友達になりたいと、思うているのだよ』
とくに最後の言葉を聞いて、じわりと目を見開かせては言葉を失くしてしまう。そんな柊一の様子を見て、博雅はほろ苦く笑った。
『やはり気付いておらなんだか。俺はな、お前を、友だと判じていたのだよ。――頼長』
口を小さく開け閉めして、柊一は――その中に在る頼長は、震わせる吐息のなかに主人の名を溶かすことしかできなかった。
大切な主人であった。大好きな人であったのだ。
だから、彼に笑っていてほしかった。
晴明とともに酒を飲む姿が本当に楽しそうで。共に怪事件に挑む姿は、宮中で見る姿とも違い、笑い泣き怒り、生き生きしていた。
それら姿を見守っていられるだけで幸せだった。その日常を守るために尽力していた。
「ひろまさ、さま」
『うん。……欲しいよ。堪らなく欲しいよ、頼長。俺は、お前との時間が恋しい。だが……お前はもう柊一なのだ。忍野柊一なのだよ』
その眦から零れるものがあることを、信じられない思いで眺めている。そんな自分が在ることを柊一は――頼長は、まざまざと自覚した。そうして震える唇を噛みしめた。
欲しいのだと、お前が。お前との時間が欲しい、恋しいと泣く主人に。友に、なれたかもしれぬ男に、応えたかった。だが。応えられぬことが解ってしまった。
墨色の目を滲ませて見上げる柊一に、博雅は笑ってみせたのであった。
『だからな、柊一。欲しいけれども俺は、我慢しようと思うのだよ。お前の気持ちは嬉しい。それだけは持っていく。故……帰るのだ、お前は。お前の、生くべく世界へ帰れ』
声もなく、涙をこぼし見上げ続ける。かつてのおのが忍を見つめていて、ふと博雅は手を浮かせた。懐へと差し入れては、笛を取り出したのであった。
途端に吸い寄せられるように視線が転じられる様に笑うのである。
『ほんにお前は、俺の笛の音が好きだな。まさかに、生まれ巡っても覚えているとは思わなんだ』
そうして、その笛を口元に当てんとする。が。そこに来て、動きを止める。柊一の手が、博雅の裾を引いていた。そうして、柊一の片手も、おのが懐へと向いた。
取り出された笛を見るに、博雅は目を丸めた後に――柔く、慈しむよな微笑みを浮かべたのであった。
『見えているんだな』と、今は霊魂である模様の彼は告げた。『生まれ巡っても、自分の笛の音を覚えているとは思わなかった』とも告げた。まるで旧知の仲であるような様子で、初めから柊一の名を呼んだ。
傍にいたのかもしれない。見えていなかっただけで。折に触れて傍に、隣に。陰日向に。
かつての己がそうであったように。
雨濡れる紫陽花の彩りが揺れて、けぶられる。揺らぐ視界を閉ざしては、柊一も笛を唇に当てた。
これが最初で最後である。奇跡のような二重奏を。
やがて。その場を震わせて満たしだす旋律を、全身で浴びて聞き受ける晴明が、ぽつりと呟きを落とした。
『可惜夜に相応しい、良き音色だ』
舌の上に蜜をのせているような、あるかなしかの微笑みを浮かべていた。
されども、駅のホームから雨天の空を見上げる眼差しは、どことなく鋭く厳しい。
あえて口を挟まなんだものの、晴明は去り際に問うつもりでいた。
『弟君は元気にしておられるのか』と。博雅も自分も、あえて深く語ることのできない内情を思い。まったく侭ならぬものだ、と。そんな嘆息まじりの思いを胸の内で零していた。
そんなことは知らぬまま、かつての主従は、今は。今だけは互いの旋律を聴いて、束ねて重ねていたのであった。つかの間の繋がりを感じては、生涯、胸に刻んでおくために。
数多咲きほこった紫陽花と列車。それから、三人の男のみが知っている、ひと時の。夢の一場面であった。
つかの間に都に添うた、未踏区域『あじさい駅』の、最終列車が走るとされる夜であった。
忍野柊一は、色とりどりの紫陽花が咲き乱れては、しとしとと小雨の降り続く駅にて。
思いがけず、前世に縁ある御仁たちと再会する。その一幕の続きの場面である。
ふぅわりとした涼しげな色みの水干に烏帽子姿の男性、安倍晴明と。より深く渋みある色合いながら仕立てのよさを感じさせる水干、烏帽子とを身に着ける男性、源博雅の足元に、柊一は跪いていた。
肩には博雅の手が載っている。『顔を上げろ。…よう顔を見せてくれ』と告げて、彼は、揺れるどんぐり眼でもって、じっと柊一の顔を覗きこんできた。
『ほんに、見えているのだな。俺たちのことが。それに……』
『記憶を取り戻されたか。……どこまで思い出された?』
晴明が博雅の言葉に続く。畳んだ扇の先で口元を隠し、油断なく切れ長の目を細め、見下ろしていた。かつてと寸分変わりのない隙のない在り様に、逆に懐かしさすら覚えながら、柊一は口を開いた。
「俺が、貴方がたに縁ある存在であること。……博雅様の、子飼いの忍であった……橘頼長であったことまでを」
『……然様、か』
どこか噛み締めるように晴明は告げる。その瞳が横へと転がされて、何事か思案している様子であった。彼の胸の内は読みづらい。今も昔も変わらずに。
主人とは本当に、正反対の御仁であった。吸い寄せられるように柊一は博雅を見上げる。
「博雅様がたは、今は……如何様にお過ごしで?」
『ああ。俺たちは晴明の子孫の……春明(はるあき)と共に在るんだよ。なあ、晴明?』
『うむ。我らの世代では終えられなんだ宿縁を終わらせるためにな。とうに霊魂のみとなり果てた身ではあるものの。守護霊として、子孫を盛り立て学ばせているところだ』
「盛り立て、学ばせているとなると……その方も陰陽師に?」
『うむ。はっはっは。高校生と陰陽師の二足の草鞋という奴だな』
『柊一よ。かように簡単そうに言うておるがな。晴明のしごきは、それはもう厳しうてなあ。時おり俺は見ていられなくなってしまう』
「おや」
『はっはっはっは。二年だ。あと二年で仕上げてみせる』
気持ちよさげに晴明はコロコロと笑う。もちろん、口元は要所要所で扇で隠しているけれども。子孫との生活が楽しいのだな、ということが察せられた。あるいは隣に友がいることも起因しているに違いない。
飄然としているものの。この陰陽師は、友のことが大好きで大切で堪らないのだから。
話を聞いていて、柊一は思わずとこの言葉が口をついて出た。言った後で気付いた。
「俺もぜひ、お二人にお力添えを――」
その思いが、もう叶わないということを。言いかけて気付き、目を瞠っては黙りこくった。
なぜだろうか、直感的に分かってしまった。このまま彼らと共に行くことはできぬのだということが。元の世に帰れぬということが分かった。
それに、元よりもう、都での生活があった。家族があり友達がいた。
唇を結んで、眉を寄せてはその末尾をも垂らす柊一を見下ろし、博雅も近い顔つきをしていた。ほんのわずかに肩へと置かれたままの指に力が籠る。
『……俺とて』
『博雅』
『いや、言わせてくれ、晴明。最後かもしれぬのだから、これが。柊一。……忍野柊一よ。……かつて、俺の忍であった子よ』
博雅の瞳が揺れていた。泣きそうだな、と反射的に思った。だが。柊一は動くことができなかった。かつてのように傍に侍り、そうして彼のために動く代わりに。今だけは取り戻されているらしい、かつての温もりを肩から感じながら。
素直に応じるのみであった。
「はい」
博雅は口を小さく開け閉めした後に、意を決したように言葉を紡いできた。
『俺とてな、柊一。お前を……今一度、連れてゆきたいと……思うているのだよ。今度こそ、共に行きたいと。お前がついてきてくれるのなら心強い上に……今度こそ、真の友達になりたいと、思うているのだよ』
とくに最後の言葉を聞いて、じわりと目を見開かせては言葉を失くしてしまう。そんな柊一の様子を見て、博雅はほろ苦く笑った。
『やはり気付いておらなんだか。俺はな、お前を、友だと判じていたのだよ。――頼長』
口を小さく開け閉めして、柊一は――その中に在る頼長は、震わせる吐息のなかに主人の名を溶かすことしかできなかった。
大切な主人であった。大好きな人であったのだ。
だから、彼に笑っていてほしかった。
晴明とともに酒を飲む姿が本当に楽しそうで。共に怪事件に挑む姿は、宮中で見る姿とも違い、笑い泣き怒り、生き生きしていた。
それら姿を見守っていられるだけで幸せだった。その日常を守るために尽力していた。
「ひろまさ、さま」
『うん。……欲しいよ。堪らなく欲しいよ、頼長。俺は、お前との時間が恋しい。だが……お前はもう柊一なのだ。忍野柊一なのだよ』
その眦から零れるものがあることを、信じられない思いで眺めている。そんな自分が在ることを柊一は――頼長は、まざまざと自覚した。そうして震える唇を噛みしめた。
欲しいのだと、お前が。お前との時間が欲しい、恋しいと泣く主人に。友に、なれたかもしれぬ男に、応えたかった。だが。応えられぬことが解ってしまった。
墨色の目を滲ませて見上げる柊一に、博雅は笑ってみせたのであった。
『だからな、柊一。欲しいけれども俺は、我慢しようと思うのだよ。お前の気持ちは嬉しい。それだけは持っていく。故……帰るのだ、お前は。お前の、生くべく世界へ帰れ』
声もなく、涙をこぼし見上げ続ける。かつてのおのが忍を見つめていて、ふと博雅は手を浮かせた。懐へと差し入れては、笛を取り出したのであった。
途端に吸い寄せられるように視線が転じられる様に笑うのである。
『ほんにお前は、俺の笛の音が好きだな。まさかに、生まれ巡っても覚えているとは思わなんだ』
そうして、その笛を口元に当てんとする。が。そこに来て、動きを止める。柊一の手が、博雅の裾を引いていた。そうして、柊一の片手も、おのが懐へと向いた。
取り出された笛を見るに、博雅は目を丸めた後に――柔く、慈しむよな微笑みを浮かべたのであった。
『見えているんだな』と、今は霊魂である模様の彼は告げた。『生まれ巡っても、自分の笛の音を覚えているとは思わなかった』とも告げた。まるで旧知の仲であるような様子で、初めから柊一の名を呼んだ。
傍にいたのかもしれない。見えていなかっただけで。折に触れて傍に、隣に。陰日向に。
かつての己がそうであったように。
雨濡れる紫陽花の彩りが揺れて、けぶられる。揺らぐ視界を閉ざしては、柊一も笛を唇に当てた。
これが最初で最後である。奇跡のような二重奏を。
やがて。その場を震わせて満たしだす旋律を、全身で浴びて聞き受ける晴明が、ぽつりと呟きを落とした。
『可惜夜に相応しい、良き音色だ』
舌の上に蜜をのせているような、あるかなしかの微笑みを浮かべていた。
されども、駅のホームから雨天の空を見上げる眼差しは、どことなく鋭く厳しい。
あえて口を挟まなんだものの、晴明は去り際に問うつもりでいた。
『弟君は元気にしておられるのか』と。博雅も自分も、あえて深く語ることのできない内情を思い。まったく侭ならぬものだ、と。そんな嘆息まじりの思いを胸の内で零していた。
そんなことは知らぬまま、かつての主従は、今は。今だけは互いの旋律を聴いて、束ねて重ねていたのであった。つかの間の繋がりを感じては、生涯、胸に刻んでおくために。
数多咲きほこった紫陽花と列車。それから、三人の男のみが知っている、ひと時の。夢の一場面であった。
件名 | : 柊一の装備 |
投稿日 | : 2023/10/18(Wed) 20:36 |
投稿者 | : 柊一 |
参照先 | : |
双蒼月のスタッドイヤリング――シンプルなデザイン。ブルームーンストーンが用いられている。
元は双晶の魔石であり、片割れは輝夜様が所持している。
互いに呼び合う性質を持っており、『互いの位置の把握』と『音声通信』を可能にする。
忍装束(下記の品を各二点ずつ所持する)――普段は『注がれた夜の色をした装束』。『忍装束の絵が描かれた』淡い光を含んで、触れると少し暖かいカードへと収納されている 【ゼノン様より】
概要
星紡と呼ばれる、星魔力を紡ぎあげた糸を用いた、衣裳感覚で着用できる防具。
星紡は、自然の持つ力(マナ)や、星光を魔力変換して取り込み、魔力が尽きない限りは炎熱や斬撃、毒物などへの高い耐性を維持し続ける。
糸自体が切れにくく、燃えにくい性質を持っているため、魔力が尽きてしまった場合でも耐性は残る。
織り方や糸の重ね方次第で、硬度や強度が変わるようになっている。
所有者が特別何もしなくても、古森そのものの力や、パーティメンバーが魔法を使用した後の魔力残滓を自動的に吸収し、機能する。
また、此の星紡は着用者が念じることで、色や質感を変えるものだ。風景に自然に溶け込み、身を潜められるように。
数多の祝福を織重ねながらも、その気配を潜めており、感知の類に引っかかりにくいようにもしてある。──厳密に調べられると、流石に引っかかってしまうだろうけれども。
手入れも不要ではあるが、星の見える夜には、外に干してやると良いだろう。
祝福による耐性
上着:魔除け/防毒/防呪/防炎/防水/耐溶剤類/空間拡張収納
袴:同上
脚絆:脚部防具
手拭い(頭巾):頭部防具/防塵/暗視/防毒/防呪/防炎/防水
鎖帷子:防刃/防弾/対貫通/軽量/衝撃吸収
手甲:生体反応隠蔽/気配遮断/体温調整/空間拡張収納
足袋:防水/防炎/吸音/貫通物収納空間拡張
わらじ:防水/防炎/吸音/半永久的自動修復
各部位の詳細
【上着・袴】
星紡を一度、聖蛇の透き通った血に浸し、夜に染め上げた生地を使用したもの。念じれば身を潜められるよう其の色や質感を変える。
呪術、毒等の有害物質を除け、経口摂取などで取り込んでしまった場合には、汗腺から吸引し、中和する。
裏地にエンチャントを施すことで、生地の持つあらゆる耐性を底上げしている。水を弾き、燃焼しにくく、溶剤にも耐え得る。
また、汚れても拭えば綺麗にすることが出来、においも残らない。
空間拡張のエンチャントを刻んだポケットを内側に複数備えており、ポケット以上の大きさのものであっても収納することが出来る。
【脚絆】
下記鎖帷子同様の防御力を持つ防具。
古森で採れる、クッション性と防火性に長けた樹脂と布を重ね、柔軟性を持つ軽量の対物理アーマーとして機能する。
【手拭い(頭巾)】
幅30cm、長さ200cm程度の手拭い。
軽く薄手ながらも、耐衝撃エンチャントを刻むことで防具としても機能する。また、着用時に露出するであろう目元に、自動的に極薄い空気の膜を張る仕組みになっており、砂嵐の中でも目元を守る。
光のない空間でも視界の補助をし、暗視も可能。
【鎖帷子】
星紡と金属線を織り、防御性と衝撃吸収に優れる。
頭部用(目元を開いた頭部~首回り)と胴部用(半袖、長袖の二種類用意)に分かれていて、それぞれ着用する形となる。
見た目と防御性に比べて非常に軽量、動きやすさを重視しつつもあらゆる攻撃を想定した、対物理に特化した防具。
【手甲】
上着の筒袖を留め、掌までを覆う。
掌側手首部分に収納用の小さなポケットを備え、其の下に極々薄い透明な鱗がある。左右どちらかの鱗を指で押さえ念じることで、下記の術式を任意で発動できる。
気配遮断:着用者の気配を遮断し、エネミーに見つかりにくくなる。
生体反応隠蔽:生体感知に引っかからないようにする他、接触したものに指紋や熱反応などの痕跡が残らないようになる。
体温調整:衣服内の排熱や保温、適度な冷却を以て、着用者の体温を適度に保つ。
【足袋】
底に厚く綿を入れたものと、そうでないものの二種類を用意。各二点ずつ。
どちらでも足音がしないように作られている。
足裏の感覚で足場を探れるようにと、耐衝撃の類は入れていないが、破片や釘などの貫通物に反応して、足裏の空間拡張術式を展開する仕組み。
これにより、足裏に貫通物が干渉しないようにしてある。
【わらじ】
足袋同様に足音を立てない作り。
通常のわらじと同じ質感でありながらも丈夫。ちょっとした破片や釘くらいならば通さない。
損傷した場合も、魔力を消費して自動的に修復する。長距離の移動や激しい足場にも耐える。
元は双晶の魔石であり、片割れは輝夜様が所持している。
互いに呼び合う性質を持っており、『互いの位置の把握』と『音声通信』を可能にする。
忍装束(下記の品を各二点ずつ所持する)――普段は『注がれた夜の色をした装束』。『忍装束の絵が描かれた』淡い光を含んで、触れると少し暖かいカードへと収納されている 【ゼノン様より】
概要
星紡と呼ばれる、星魔力を紡ぎあげた糸を用いた、衣裳感覚で着用できる防具。
星紡は、自然の持つ力(マナ)や、星光を魔力変換して取り込み、魔力が尽きない限りは炎熱や斬撃、毒物などへの高い耐性を維持し続ける。
糸自体が切れにくく、燃えにくい性質を持っているため、魔力が尽きてしまった場合でも耐性は残る。
織り方や糸の重ね方次第で、硬度や強度が変わるようになっている。
所有者が特別何もしなくても、古森そのものの力や、パーティメンバーが魔法を使用した後の魔力残滓を自動的に吸収し、機能する。
また、此の星紡は着用者が念じることで、色や質感を変えるものだ。風景に自然に溶け込み、身を潜められるように。
数多の祝福を織重ねながらも、その気配を潜めており、感知の類に引っかかりにくいようにもしてある。──厳密に調べられると、流石に引っかかってしまうだろうけれども。
手入れも不要ではあるが、星の見える夜には、外に干してやると良いだろう。
祝福による耐性
上着:魔除け/防毒/防呪/防炎/防水/耐溶剤類/空間拡張収納
袴:同上
脚絆:脚部防具
手拭い(頭巾):頭部防具/防塵/暗視/防毒/防呪/防炎/防水
鎖帷子:防刃/防弾/対貫通/軽量/衝撃吸収
手甲:生体反応隠蔽/気配遮断/体温調整/空間拡張収納
足袋:防水/防炎/吸音/貫通物収納空間拡張
わらじ:防水/防炎/吸音/半永久的自動修復
各部位の詳細
【上着・袴】
星紡を一度、聖蛇の透き通った血に浸し、夜に染め上げた生地を使用したもの。念じれば身を潜められるよう其の色や質感を変える。
呪術、毒等の有害物質を除け、経口摂取などで取り込んでしまった場合には、汗腺から吸引し、中和する。
裏地にエンチャントを施すことで、生地の持つあらゆる耐性を底上げしている。水を弾き、燃焼しにくく、溶剤にも耐え得る。
また、汚れても拭えば綺麗にすることが出来、においも残らない。
空間拡張のエンチャントを刻んだポケットを内側に複数備えており、ポケット以上の大きさのものであっても収納することが出来る。
【脚絆】
下記鎖帷子同様の防御力を持つ防具。
古森で採れる、クッション性と防火性に長けた樹脂と布を重ね、柔軟性を持つ軽量の対物理アーマーとして機能する。
【手拭い(頭巾)】
幅30cm、長さ200cm程度の手拭い。
軽く薄手ながらも、耐衝撃エンチャントを刻むことで防具としても機能する。また、着用時に露出するであろう目元に、自動的に極薄い空気の膜を張る仕組みになっており、砂嵐の中でも目元を守る。
光のない空間でも視界の補助をし、暗視も可能。
【鎖帷子】
星紡と金属線を織り、防御性と衝撃吸収に優れる。
頭部用(目元を開いた頭部~首回り)と胴部用(半袖、長袖の二種類用意)に分かれていて、それぞれ着用する形となる。
見た目と防御性に比べて非常に軽量、動きやすさを重視しつつもあらゆる攻撃を想定した、対物理に特化した防具。
【手甲】
上着の筒袖を留め、掌までを覆う。
掌側手首部分に収納用の小さなポケットを備え、其の下に極々薄い透明な鱗がある。左右どちらかの鱗を指で押さえ念じることで、下記の術式を任意で発動できる。
気配遮断:着用者の気配を遮断し、エネミーに見つかりにくくなる。
生体反応隠蔽:生体感知に引っかからないようにする他、接触したものに指紋や熱反応などの痕跡が残らないようになる。
体温調整:衣服内の排熱や保温、適度な冷却を以て、着用者の体温を適度に保つ。
【足袋】
底に厚く綿を入れたものと、そうでないものの二種類を用意。各二点ずつ。
どちらでも足音がしないように作られている。
足裏の感覚で足場を探れるようにと、耐衝撃の類は入れていないが、破片や釘などの貫通物に反応して、足裏の空間拡張術式を展開する仕組み。
これにより、足裏に貫通物が干渉しないようにしてある。
【わらじ】
足袋同様に足音を立てない作り。
通常のわらじと同じ質感でありながらも丈夫。ちょっとした破片や釘くらいならば通さない。
損傷した場合も、魔力を消費して自動的に修復する。長距離の移動や激しい足場にも耐える。
件名 | : 焔色の巣立ち |
投稿日 | : 2023/05/30(Tue) 04:47 |
投稿者 | : 忍野柊一 |
参照先 | : |
『久しぶり。ちょっと話したいことができてさ。いつか、時間貰えないかな』
そう手紙を送って、幾ばくかの後である。
夕暮れ時の大和学区。刻一刻と暮れなずむ赤い日の光に染められた扉の前に立って、焔は軽く息を吸っては長く重たくそれを吐きだした。
先日訪れた折はまだ記憶に新しいものの、それまでに実にひと月半弱ものスパンがあったためであった。
意識的に避けていたためである。
胸元で握っていた拳を持ち上げては、扉へと近づけて――甘い、猫の鳴き声が聞こえる。
はた、と瞬いた折には、扉の向こう側に人の気配が近づいていた。
反射的に後足をひいて、だが、目の前で開く扉に釘付けになる。
何気なく覗いた義兄の顔。その墨色の瞳とかち合った。
あ、と声にならぬ声が胸の内で落ちる。
笑った。瞬きを数度落とし、その目は柔らかく弓なりに細められたのであった。
純粋な喜びの色。
「よく来たな。ほれ、上がれ。……夕餉は食うていくのだろう? 肉づきのよい鰈が仕入れられたんだ。煮付けにしてやろうな。筍飯も好きだっただろう? こさえてやろう。汁物ははっと汁だ」
すらすらと口から飛びだすのは、自分たちの故郷の郷土料理である。
久しぶりに会う、今はノブリスに通っている弟。そうして、西洋人の友の従者を務めている。おのずと和食よりは遠ざかるに違いない。いわんや、故郷の料理などは。
それが故の献立なのだと気付いた。気付いて、しまった。
きゅっと胃が縮まる思いがして反射的に口を開いた。目の前で、ひと足先に足元の仔猫が反転しては引っ込んでいく。兄もまた同様に、その身を翻し――
「……ん? どうした、焔」
反射的に手を伸ばし、着物の背を掴んだ。応じて肩ごしに兄が振り向いてくる。
口を開いては閉じて、何も言うことができぬ焔を見て、兄は。柊一は、一拍おいた後に、小さく微笑みかけたのであった。
「そのままで来るとよい。おいで」
まるで魔法にかけられたかのようであった。地面にくっ付いてしまっていた足が離れた。
まるで稚い子供のように。在りし日の折のように、雛鳥めいて後に続いては家へと入った。
リビングへとたどり着いて、どうやら茶の支度をするようである。
夕飯の準備中だったろうに。遠目にキッチンに見える下拵えの跡を見て、焔はそっと手に意図して力を込めようとした。摘まんだ指が離れるように。
(……なんで)
指が離れない。そのため、目の前の背中からも離れることができない。
そうこうしている間に茶の準備が終わってしまう。
テーブルへと移動し、湯呑みに茶が注ぎこまれる。緑茶特有の澄みわたる薫りが広がった。
湯呑みと……マグカップが並んでいる。黒地に工字繋ぎと千鳥柄のワンポイントが入るもの。
自身も寮に置いている。知己より兄弟全員に贈られたものの一つであった。
着物を掴む手が震えた。
湯呑みを置き終え、肩ごしに柊一が顧みてくる。横目の瞳が交わると、焔はどうしようもない気持ちになって、小さく口を開け閉めした。自分でもどうしていいのか分からなかった。
けれど、そんな自分が居たたまれなくなり、反射的に瞳を巡らせた。その時であった。
ふと、視界に入る写真立てがあった。幾つも幾つも置かれている。風光明媚な景色の写真に、瑞々しく華やかなタルトを撮影したもの。相棒たる仔猫や刀の化身たる従者を映し込んだものに並んで。
その隣にあるのは着物姿の兄と――同じく着物を纏う、バイオレットの瞳をもつ人。笑顔で映りこむそれを見て。
途端にざわめく気持ちが収まった。手の震えが止まって、指先が離れる。
目を戻せば、変わらずに見つめてくる墨色があった。それを見ても、もう痛いほどに引き絞られる胸の内も、どうしようもなく湧きあがってくる……不安も、ありはしなかった。
「兄貴。……聞いてくれる?」
「……うん。いいとも」
何を、と言わずとも、彼は頷き返した。元より『話したいことがある』と告げての今日である。いつ本題に入るのか、ある種、待ちの姿勢でもあったのだろう。
用意された席に腰を下ろすと、何とはなしに湯呑みにむけても手を合わせた。
このお茶も。キッチンで準備されているものも。今の時間すらも。皆、兄が自分のために用意してくれたものであった。含む茶の熱と味わいは染みた。
再び瞳をむけると、兄もまた同様にカップから口を離した折であった。視線が交わると同時に、深く焔は頭をさげる。
「ごめん、兄貴。……いきなり、何の説明もなしに距離とったりして。驚いたよな。それに……寂しかったよな」
その言葉にたいし返るのは沈黙であった。だが、小さく吐息まじりに低い声がかけられる。
「顔を上げろ、焔。……確かに、反論の余地はないが。事情があってのことなのだろう?」
その返答に胸が詰まる思いがして、口を結んでは、焔は顔を上げた。
微かに眉尻がさがる困り顔があった。「大事ない」「問題ない」とは言わずに正直に答え、また隠さぬ内情を晒す。確かにそこには兄の誠意があった。
我慢強い彼が、どこか途方に暮れたような様子をしている。よほど困惑させて悩ませてしまったのだろうことが知れた。それでも辛抱強く待ち、耳を傾けてくれている。
「…………アンタと、アントニオから、独り立ちしなきゃいけないと思ったんだ」
緩く墨色が瞬く。ゆっくりと首が傾けられる。
「独り立ち、とな」
「うん。普通の兄弟に、普通の従者と友達の距離になる必要があると思って」
「それはまたどうして?」
「…………悪夢を、見てただろ? 俺」
つい、と瞳を逸らすと柊一の目が細められた。吐息に溶かすように短い返答がかえる。
引き結ぶ口元の力を強めて、焔は瞳を戻した。
「三月の終わり頃にさ、俺、外でうたた寝しては魘されたんだ。その時、ミリィさんに助けてもらってさ。色々話したんだ。……その時に言われたんだよ。兄貴やアントニオに重きを置きすぎてる、って。……ディザスターになったのも、結局……俺の、兄貴がいなくなって、止めてくれるヤツがいなくなったから、食いすぎてなったんだし」
思えば、初めてであった。目の前の青年を、自身の本当の兄と区別し呼んだのは。
目の前の、この次元の都の柊一は、微かに睫毛を震わせたけれど顎を引いた。続きを促すように見つめてくる。
「今もそうだ。アンタやアントニオに……守ってもらってる。精神的に寄っかかってるんだ。アンタ達は優しいから、本当に普通に、今の俺を受け入れる。居場所をくれて指針をくれて、何かあれば助けてくれる。一緒に頑張ろう、って言ってくれるんだ。それは凄く……すごく有難い。涙が出るほど嬉しいことなんだ」
「でもね」
卓上で手を組む。指が白くなるほどに強く強く握り合わせる。
「アンタ達がもし、いなくなったらどうするの? ……アンタにもし、心に決めたヒトができたら? 兄貴のことだから、何かあれば真っ直ぐ追いかけるよ。アントニオだってそうだ。ルグさんと一緒に行くって決まってる。――責めているわけじゃないんだ。当たり前のことだ。アンタ達にだって人生があるんだからな」
瞳を上げると、柊一は先にも増して眉尻を下げていた。瞳が揺れていた。それを見ても、なお言葉を紡ぐ。
「頼るのは悪いことじゃないけど、頼りすぎるのは少し違うって言われたんだ。自分で解決してみようって行動を起こすのは、何かしらの変化を生むはずだ、って。尤もだと思った。変わる必要があると思った。……だって、そうだろ?」
ほろ苦く笑った。
「普通は兄弟に彼女ができるぐらいの歳になったら、自然と離れてるモンさ。家族で過ごす時間よりも、新しい関係のなか過ごす時間が増えていく。それはお互い様のことだ。それに、可笑しいだろ? 従者の側が主人の背に隠れてるなんてさ。……前に出ないと。後ろにいるのは従う時だけ。友達の時には隣に並ぶ。それが普通で、自然なことなんだ」
口を、浅く開いては閉じる。
「……なにより、俺自身が変わりたかったんだ。兄貴の背にもアントニオの後ろにも、もう隠れたくなかった。一人でちゃんと立って、そうして、ちゃんとアンタ達と付き合いたいと思った。だから、とにかく行動に出て。そして……」
口を噤んで項垂れる。白く、冷たくなった両手の指を見下ろした。
「アントニオに言われたんだ。アイツもアンタも、大好きでいてくれる、って俺を。俺が、俺自身のために時間を使って、心に向き合うことを、ちゃんと応援できる、って。気持ちを隠さなくていい、って。一番怖いのは……」
瞳を上げる。墨色の目は微かに潤いをはらんでいて、けれど、やはり口を挟まなかった。
待ってくれているんだと知る。手を伸ばしてやりたい気持ちを抑えつけて。
首を傾げたら、目の端から涙が零れた。けれど、笑って続く言の葉を紡いだ。
「見ているようで、見えなくなることだから、って。話をすることはとても大事だ、って。……兄貴、俺、変わりたい。変わりたいから、ちょっとだけ離れる。でも、兄貴のこと好きだよ。大好きだ。これからもずっと」
後から後から零れる涙で視界が歪んだ。柊一の顔が見えなくなる。――いやだな。これが最後かもしれないのに。これが本当に最後の、腹を割って話して……
甘えられる、最後の。
気づけば抱き締められていた。本当に、びっくりするぐらい、いつの間にか。
遅れて笑うんだ。本当に、フットワークめちゃくちゃ軽いな、って。
喉が引き攣れて言葉にならぬのを、何も言うな、とばかりに腕に力が込められた。
「分かった。……よく、分かった、お前の気持ちは。……いつの間にか、こんなにも大きくなっていたんだな、お前は。……椿鬼」
その呼び名にもう、目の前が。滲んで揺れて、見えなくなってしまった。完全に。
「愛してる。愛してるよ、俺も、お前のことをずっと。どこにいても、何をしていても愛してる。お前は俺の自慢の弟だ。お前ならば、大丈夫だろう、もう。もう……兄に、守られずともやっていけるだろう」
紡ぐ声もまた震えていた。しっかりと抱きしめてくるまま、顔を見せぬのは。兄としての矜持であるのかもしれない。震える手をその背に伸ばし、掴んだ。
我慢せずに喉が枯れるまで泣いた。泣いた。泣いた。泣き尽くした。
これが本当に最後だと知っていたから、ずっと背に回した手を離さなかった。
兄もまた同様に。
……涙も出尽くした頃、鼻を啜って見遣ってみると。兄の鼻や目元も赤くなっていた。
不思議と笑いがこみ上げてきた。
眉尻を下げたへたくそな笑みを浮かべて、額に軽くデコピンを見舞われた。
それが最後だった。どちらからともなく離れた後、顔を洗っては目元を冷やした。互いに顔を見合わせては忍び笑い、そうして、共にキッチンへと向かって一緒に夕餉の支度をした。
言葉はなかったけれど、居心地のよい時間であった。何を言うともなく通じ合っており、言葉少なに連携しては、やがて共に食卓へとついた。
久しぶりの故郷の味は、涙が出るほど優しかった。
「明日の朝はだしまき卵だな。祝いに」
ぽつりと告げられた言の葉に、目の前がまた滲んだのはきっと。汁物の味付けがちょっとばかし、しょっぱかったからだろう。きっとそうに違いなかった。
そう手紙を送って、幾ばくかの後である。
夕暮れ時の大和学区。刻一刻と暮れなずむ赤い日の光に染められた扉の前に立って、焔は軽く息を吸っては長く重たくそれを吐きだした。
先日訪れた折はまだ記憶に新しいものの、それまでに実にひと月半弱ものスパンがあったためであった。
意識的に避けていたためである。
胸元で握っていた拳を持ち上げては、扉へと近づけて――甘い、猫の鳴き声が聞こえる。
はた、と瞬いた折には、扉の向こう側に人の気配が近づいていた。
反射的に後足をひいて、だが、目の前で開く扉に釘付けになる。
何気なく覗いた義兄の顔。その墨色の瞳とかち合った。
あ、と声にならぬ声が胸の内で落ちる。
笑った。瞬きを数度落とし、その目は柔らかく弓なりに細められたのであった。
純粋な喜びの色。
「よく来たな。ほれ、上がれ。……夕餉は食うていくのだろう? 肉づきのよい鰈が仕入れられたんだ。煮付けにしてやろうな。筍飯も好きだっただろう? こさえてやろう。汁物ははっと汁だ」
すらすらと口から飛びだすのは、自分たちの故郷の郷土料理である。
久しぶりに会う、今はノブリスに通っている弟。そうして、西洋人の友の従者を務めている。おのずと和食よりは遠ざかるに違いない。いわんや、故郷の料理などは。
それが故の献立なのだと気付いた。気付いて、しまった。
きゅっと胃が縮まる思いがして反射的に口を開いた。目の前で、ひと足先に足元の仔猫が反転しては引っ込んでいく。兄もまた同様に、その身を翻し――
「……ん? どうした、焔」
反射的に手を伸ばし、着物の背を掴んだ。応じて肩ごしに兄が振り向いてくる。
口を開いては閉じて、何も言うことができぬ焔を見て、兄は。柊一は、一拍おいた後に、小さく微笑みかけたのであった。
「そのままで来るとよい。おいで」
まるで魔法にかけられたかのようであった。地面にくっ付いてしまっていた足が離れた。
まるで稚い子供のように。在りし日の折のように、雛鳥めいて後に続いては家へと入った。
リビングへとたどり着いて、どうやら茶の支度をするようである。
夕飯の準備中だったろうに。遠目にキッチンに見える下拵えの跡を見て、焔はそっと手に意図して力を込めようとした。摘まんだ指が離れるように。
(……なんで)
指が離れない。そのため、目の前の背中からも離れることができない。
そうこうしている間に茶の準備が終わってしまう。
テーブルへと移動し、湯呑みに茶が注ぎこまれる。緑茶特有の澄みわたる薫りが広がった。
湯呑みと……マグカップが並んでいる。黒地に工字繋ぎと千鳥柄のワンポイントが入るもの。
自身も寮に置いている。知己より兄弟全員に贈られたものの一つであった。
着物を掴む手が震えた。
湯呑みを置き終え、肩ごしに柊一が顧みてくる。横目の瞳が交わると、焔はどうしようもない気持ちになって、小さく口を開け閉めした。自分でもどうしていいのか分からなかった。
けれど、そんな自分が居たたまれなくなり、反射的に瞳を巡らせた。その時であった。
ふと、視界に入る写真立てがあった。幾つも幾つも置かれている。風光明媚な景色の写真に、瑞々しく華やかなタルトを撮影したもの。相棒たる仔猫や刀の化身たる従者を映し込んだものに並んで。
その隣にあるのは着物姿の兄と――同じく着物を纏う、バイオレットの瞳をもつ人。笑顔で映りこむそれを見て。
途端にざわめく気持ちが収まった。手の震えが止まって、指先が離れる。
目を戻せば、変わらずに見つめてくる墨色があった。それを見ても、もう痛いほどに引き絞られる胸の内も、どうしようもなく湧きあがってくる……不安も、ありはしなかった。
「兄貴。……聞いてくれる?」
「……うん。いいとも」
何を、と言わずとも、彼は頷き返した。元より『話したいことがある』と告げての今日である。いつ本題に入るのか、ある種、待ちの姿勢でもあったのだろう。
用意された席に腰を下ろすと、何とはなしに湯呑みにむけても手を合わせた。
このお茶も。キッチンで準備されているものも。今の時間すらも。皆、兄が自分のために用意してくれたものであった。含む茶の熱と味わいは染みた。
再び瞳をむけると、兄もまた同様にカップから口を離した折であった。視線が交わると同時に、深く焔は頭をさげる。
「ごめん、兄貴。……いきなり、何の説明もなしに距離とったりして。驚いたよな。それに……寂しかったよな」
その言葉にたいし返るのは沈黙であった。だが、小さく吐息まじりに低い声がかけられる。
「顔を上げろ、焔。……確かに、反論の余地はないが。事情があってのことなのだろう?」
その返答に胸が詰まる思いがして、口を結んでは、焔は顔を上げた。
微かに眉尻がさがる困り顔があった。「大事ない」「問題ない」とは言わずに正直に答え、また隠さぬ内情を晒す。確かにそこには兄の誠意があった。
我慢強い彼が、どこか途方に暮れたような様子をしている。よほど困惑させて悩ませてしまったのだろうことが知れた。それでも辛抱強く待ち、耳を傾けてくれている。
「…………アンタと、アントニオから、独り立ちしなきゃいけないと思ったんだ」
緩く墨色が瞬く。ゆっくりと首が傾けられる。
「独り立ち、とな」
「うん。普通の兄弟に、普通の従者と友達の距離になる必要があると思って」
「それはまたどうして?」
「…………悪夢を、見てただろ? 俺」
つい、と瞳を逸らすと柊一の目が細められた。吐息に溶かすように短い返答がかえる。
引き結ぶ口元の力を強めて、焔は瞳を戻した。
「三月の終わり頃にさ、俺、外でうたた寝しては魘されたんだ。その時、ミリィさんに助けてもらってさ。色々話したんだ。……その時に言われたんだよ。兄貴やアントニオに重きを置きすぎてる、って。……ディザスターになったのも、結局……俺の、兄貴がいなくなって、止めてくれるヤツがいなくなったから、食いすぎてなったんだし」
思えば、初めてであった。目の前の青年を、自身の本当の兄と区別し呼んだのは。
目の前の、この次元の都の柊一は、微かに睫毛を震わせたけれど顎を引いた。続きを促すように見つめてくる。
「今もそうだ。アンタやアントニオに……守ってもらってる。精神的に寄っかかってるんだ。アンタ達は優しいから、本当に普通に、今の俺を受け入れる。居場所をくれて指針をくれて、何かあれば助けてくれる。一緒に頑張ろう、って言ってくれるんだ。それは凄く……すごく有難い。涙が出るほど嬉しいことなんだ」
「でもね」
卓上で手を組む。指が白くなるほどに強く強く握り合わせる。
「アンタ達がもし、いなくなったらどうするの? ……アンタにもし、心に決めたヒトができたら? 兄貴のことだから、何かあれば真っ直ぐ追いかけるよ。アントニオだってそうだ。ルグさんと一緒に行くって決まってる。――責めているわけじゃないんだ。当たり前のことだ。アンタ達にだって人生があるんだからな」
瞳を上げると、柊一は先にも増して眉尻を下げていた。瞳が揺れていた。それを見ても、なお言葉を紡ぐ。
「頼るのは悪いことじゃないけど、頼りすぎるのは少し違うって言われたんだ。自分で解決してみようって行動を起こすのは、何かしらの変化を生むはずだ、って。尤もだと思った。変わる必要があると思った。……だって、そうだろ?」
ほろ苦く笑った。
「普通は兄弟に彼女ができるぐらいの歳になったら、自然と離れてるモンさ。家族で過ごす時間よりも、新しい関係のなか過ごす時間が増えていく。それはお互い様のことだ。それに、可笑しいだろ? 従者の側が主人の背に隠れてるなんてさ。……前に出ないと。後ろにいるのは従う時だけ。友達の時には隣に並ぶ。それが普通で、自然なことなんだ」
口を、浅く開いては閉じる。
「……なにより、俺自身が変わりたかったんだ。兄貴の背にもアントニオの後ろにも、もう隠れたくなかった。一人でちゃんと立って、そうして、ちゃんとアンタ達と付き合いたいと思った。だから、とにかく行動に出て。そして……」
口を噤んで項垂れる。白く、冷たくなった両手の指を見下ろした。
「アントニオに言われたんだ。アイツもアンタも、大好きでいてくれる、って俺を。俺が、俺自身のために時間を使って、心に向き合うことを、ちゃんと応援できる、って。気持ちを隠さなくていい、って。一番怖いのは……」
瞳を上げる。墨色の目は微かに潤いをはらんでいて、けれど、やはり口を挟まなかった。
待ってくれているんだと知る。手を伸ばしてやりたい気持ちを抑えつけて。
首を傾げたら、目の端から涙が零れた。けれど、笑って続く言の葉を紡いだ。
「見ているようで、見えなくなることだから、って。話をすることはとても大事だ、って。……兄貴、俺、変わりたい。変わりたいから、ちょっとだけ離れる。でも、兄貴のこと好きだよ。大好きだ。これからもずっと」
後から後から零れる涙で視界が歪んだ。柊一の顔が見えなくなる。――いやだな。これが最後かもしれないのに。これが本当に最後の、腹を割って話して……
甘えられる、最後の。
気づけば抱き締められていた。本当に、びっくりするぐらい、いつの間にか。
遅れて笑うんだ。本当に、フットワークめちゃくちゃ軽いな、って。
喉が引き攣れて言葉にならぬのを、何も言うな、とばかりに腕に力が込められた。
「分かった。……よく、分かった、お前の気持ちは。……いつの間にか、こんなにも大きくなっていたんだな、お前は。……椿鬼」
その呼び名にもう、目の前が。滲んで揺れて、見えなくなってしまった。完全に。
「愛してる。愛してるよ、俺も、お前のことをずっと。どこにいても、何をしていても愛してる。お前は俺の自慢の弟だ。お前ならば、大丈夫だろう、もう。もう……兄に、守られずともやっていけるだろう」
紡ぐ声もまた震えていた。しっかりと抱きしめてくるまま、顔を見せぬのは。兄としての矜持であるのかもしれない。震える手をその背に伸ばし、掴んだ。
我慢せずに喉が枯れるまで泣いた。泣いた。泣いた。泣き尽くした。
これが本当に最後だと知っていたから、ずっと背に回した手を離さなかった。
兄もまた同様に。
……涙も出尽くした頃、鼻を啜って見遣ってみると。兄の鼻や目元も赤くなっていた。
不思議と笑いがこみ上げてきた。
眉尻を下げたへたくそな笑みを浮かべて、額に軽くデコピンを見舞われた。
それが最後だった。どちらからともなく離れた後、顔を洗っては目元を冷やした。互いに顔を見合わせては忍び笑い、そうして、共にキッチンへと向かって一緒に夕餉の支度をした。
言葉はなかったけれど、居心地のよい時間であった。何を言うともなく通じ合っており、言葉少なに連携しては、やがて共に食卓へとついた。
久しぶりの故郷の味は、涙が出るほど優しかった。
「明日の朝はだしまき卵だな。祝いに」
ぽつりと告げられた言の葉に、目の前がまた滲んだのはきっと。汁物の味付けがちょっとばかし、しょっぱかったからだろう。きっとそうに違いなかった。
件名 | : A Bao A Qu、探索リザルト |
投稿日 | : 2023/05/13(Sat) 02:05 |
投稿者 | : 忍野柊一 |
参照先 | : |
琥珀の刀
琥珀の槍
琥珀のお守り×2個
酸素マスク(弟と共有)
忘れられた庭園
・モンスターコア×1個
・酸素石×24個 ――黒くて酸素を出す石。口に含んでおけば呼吸の助けになるかもしれない
・琥珀結晶×34㎏
遥けき海底世界
・スターダストジャンク×0㎏
・スタースフィア×3個 ――星のエネルギーを秘めたスフィア。ブラックホールの力を秘めているかのようにも思うし、超新星ほどのエネルギーを秘めているようにも思う
・パワーサプライ×4個 ――エネルギーを供給するユニット
・エネルギーコンデンサー×2個 ――エネルギーを貯めることができ、貯めたエネルギーを必要時に放電することができる受動部品
・精密基板×5個
・ジャンクワイヤー×6㎏ ――金銀銅など様々なワイヤー
琥珀の槍
琥珀のお守り×2個
酸素マスク(弟と共有)
忘れられた庭園
・モンスターコア×1個
・酸素石×24個 ――黒くて酸素を出す石。口に含んでおけば呼吸の助けになるかもしれない
・琥珀結晶×34㎏
遥けき海底世界
・スターダストジャンク×0㎏
・スタースフィア×3個 ――星のエネルギーを秘めたスフィア。ブラックホールの力を秘めているかのようにも思うし、超新星ほどのエネルギーを秘めているようにも思う
・パワーサプライ×4個 ――エネルギーを供給するユニット
・エネルギーコンデンサー×2個 ――エネルギーを貯めることができ、貯めたエネルギーを必要時に放電することができる受動部品
・精密基板×5個
・ジャンクワイヤー×6㎏ ――金銀銅など様々なワイヤー
件名 | : 人形街、探索リザルト |
投稿日 | : 2023/03/16(Thu) 00:33 |
投稿者 | : 忍野柊一 |
参照先 | : |
電磁合金×8
弾性セラミック×3
手足の無い自動人形
クロユリの種
絵本
コーヒー缶
弾性セラミック×3
手足の無い自動人形
クロユリの種
絵本
コーヒー缶
件名 | : 所持する流転召喚カード |
投稿日 | : 2023/02/09(Thu) 08:43 |
投稿者 | : 忍野柊一 |
参照先 | : |
ルアヴァ、ベイヴィル、セツガ、でかALICE、キリカ、ネフィア、デイカー
テオ×2、イオ、リコッタ、アイリス
ゼル、ゼノン、トゥリ、タケシ×2
アントニオ、アンジェロ、アンドゥロ×2、ガイーシャ、エルルーン
キヨヒメ、キョウ、フェナカイト、エカルラート
ルスラン、リーゼロッテ、メル
アンジュ、椿鬼、焔、マーテル、仁、K(最終決戦の装い)、いろは、イングリット
春燕、アスター、ジーナ、アンナ、アンヴィル、セイアッド、フェリクス
テオ×2、イオ、リコッタ、アイリス
ゼル、ゼノン、トゥリ、タケシ×2
アントニオ、アンジェロ、アンドゥロ×2、ガイーシャ、エルルーン
キヨヒメ、キョウ、フェナカイト、エカルラート
ルスラン、リーゼロッテ、メル
アンジュ、椿鬼、焔、マーテル、仁、K(最終決戦の装い)、いろは、イングリット
春燕、アスター、ジーナ、アンナ、アンヴィル、セイアッド、フェリクス
件名 | : 小話2;柊一過去話『食うなし!』 |
投稿日 | : 2023/01/21(Sat) 10:29 |
投稿者 | : 忍野柊一 |
参照先 | : |
真っ赤に熟れた肉厚の花びら。それを一枚一枚丁寧に剥がし、大事に口に入れていく。
噛み締めると伏した紅眼が緩む。もぐもぐと頬を膨らませて噛み、飲み込んでは、新たな一枚を摘まむ。その所作は先から見ていて、ずっと淀みない。
手慰みに書から顔を上げていた柊一は、ふとおもわずと口を開いた。折しも義弟の椿鬼が、摘まむ一枚をあー……と食もうとしていた瞬間だった。
「美味そうだな」
「あ?」
ぴたりと手を止め、瞳だけで見返してくる。
開け放した障子ごしの縁側で、柱に背を預けての、たっぷりと笊に盛られた花を口にしている状況である。彼我の距離は二メートルもありはしない。文机に頬杖をついて、なおも柊一は言い募った。
「美味そうだな、と。その、椿の花は」
「……別に普通だけど」
「いや、美味そうに見えた。何か他とは違うのか?」
畳に手をついていざり寄ると、存外に義兄の興が本格的なのを知って、椿鬼は目を瞬かせた。手にしたそれを見下ろし、食む。
「ン……まあ、言われてみるとこれ、今時期に咲くなかでも早咲きのやつだし。一番咲きのやつを食わせてやる、って言われて採ってきたやつだしな。なんつーの? 久々に会った味っつーか……兄貴らにしてみたら、久しぶりの里の料理にも似るんじゃねえの?」
「ほう」
食わせてやる云々は、他ならぬ花を摘み取られた椿本人からの談である。
その椿の花が勧めて、椿の花喰らいには一過言ある弟の分かりやすく――また、やっぱり美味そうに聞こえる言の葉に、俄然柊一は興味をそそられたのであった。
それなら、とだ。なおも一歩分近づいて、何気なく手を伸ばし。
「どれ、では一つ」
「え」
一枚、そのつるりとした花びらを摘まんで、口に入れたのだった。
噛み締めると、生の植物特有の苦みが広がってくる。が、予想していたよりは酷くない。仄かに酸味も利いているではないか。
「ふむ。食えなくはないな」
「…………お、まっ」
「ん? ……いたたたっ、やめぬか、椿鬼」
「うるせー!! この手癖の悪ぃバカ兄貴がよ! 腹でも壊したらどうすんだ!」
「忍ゆえに易々とは壊さぬよ」
「忍だからってなんでも口に入れんじゃねえ!!」
抓まれた手を軽く振って、眉尻をさげる柊一に、だが許さないぞとばかりに椿鬼は吼える。
「然様なことを言ってもな。美味そうに見えたのだから仕方あるまい」
「美味そうって――」
「美味そうに食うていたのだから、お前が」
「ぅっ」
叱られた子犬のように肩を落とす兄の姿を前に、一気に怒りが萎みゆく椿鬼。口を小さく開け閉めして――ああもう! と苛立ちまぎれに頭を掻きむしった。
膝の上の笊をさらい立ち上がって、くるりと踵を返す。ふと思い出したように振り向くや、指を柊一へと突きつけた。
「一晩待て。いいか? 一晩だ。一晩待ったら、たらふく食わせてやるから。だから、もう生のやつを食おうとすんじゃねえぞ」
捨て台詞のように告げられたそれに思わず瞬く柊一を残し、のしのしとその背は遠ざかっていく。
一拍おいた後に軽く頬をかいて微笑った。こういう所が弟の弟たる所以であり、可愛く思えるところであるのだった。
そうして、次の日の朝食の膳には。
「……ほう」
「これが天婦羅、お浸し、酢の物に、ジャムから作ったゼリーだ。茶もできるけど、こっちは時間がかかる。とりあえず今できるのはこれだけだな」
ものの見事に赤一色の食卓に柊一は目を瞬かせた。とりあえず味噌汁をすすり――む、と唸る。味噌汁の具がほろ苦い。箸で摘まむと、くたくたになった蓬の葉が出てきた。
「春の膳ってことにしといてくれよ」
「春の」
「うん」
「……椿膳か。うん。風雅でよいではないか」
目を細めて笑うと、頬を掻きつつそっぽを向く。そういう所だぞ、とぼやく弟に、そういう所だぞ、と柊一も胸中で返すのであった。
さて、どれから手をつけようか。身を乗りだし、なんとはなしに箸先をかち合わせる。
春色の膳はどれも彩り豊かで迷い箸をしてしまいそうになる。
「行儀が悪い」とまた叱られて、後ろ頭を掻くことになるのは間もなくのことであった。
噛み締めると伏した紅眼が緩む。もぐもぐと頬を膨らませて噛み、飲み込んでは、新たな一枚を摘まむ。その所作は先から見ていて、ずっと淀みない。
手慰みに書から顔を上げていた柊一は、ふとおもわずと口を開いた。折しも義弟の椿鬼が、摘まむ一枚をあー……と食もうとしていた瞬間だった。
「美味そうだな」
「あ?」
ぴたりと手を止め、瞳だけで見返してくる。
開け放した障子ごしの縁側で、柱に背を預けての、たっぷりと笊に盛られた花を口にしている状況である。彼我の距離は二メートルもありはしない。文机に頬杖をついて、なおも柊一は言い募った。
「美味そうだな、と。その、椿の花は」
「……別に普通だけど」
「いや、美味そうに見えた。何か他とは違うのか?」
畳に手をついていざり寄ると、存外に義兄の興が本格的なのを知って、椿鬼は目を瞬かせた。手にしたそれを見下ろし、食む。
「ン……まあ、言われてみるとこれ、今時期に咲くなかでも早咲きのやつだし。一番咲きのやつを食わせてやる、って言われて採ってきたやつだしな。なんつーの? 久々に会った味っつーか……兄貴らにしてみたら、久しぶりの里の料理にも似るんじゃねえの?」
「ほう」
食わせてやる云々は、他ならぬ花を摘み取られた椿本人からの談である。
その椿の花が勧めて、椿の花喰らいには一過言ある弟の分かりやすく――また、やっぱり美味そうに聞こえる言の葉に、俄然柊一は興味をそそられたのであった。
それなら、とだ。なおも一歩分近づいて、何気なく手を伸ばし。
「どれ、では一つ」
「え」
一枚、そのつるりとした花びらを摘まんで、口に入れたのだった。
噛み締めると、生の植物特有の苦みが広がってくる。が、予想していたよりは酷くない。仄かに酸味も利いているではないか。
「ふむ。食えなくはないな」
「…………お、まっ」
「ん? ……いたたたっ、やめぬか、椿鬼」
「うるせー!! この手癖の悪ぃバカ兄貴がよ! 腹でも壊したらどうすんだ!」
「忍ゆえに易々とは壊さぬよ」
「忍だからってなんでも口に入れんじゃねえ!!」
抓まれた手を軽く振って、眉尻をさげる柊一に、だが許さないぞとばかりに椿鬼は吼える。
「然様なことを言ってもな。美味そうに見えたのだから仕方あるまい」
「美味そうって――」
「美味そうに食うていたのだから、お前が」
「ぅっ」
叱られた子犬のように肩を落とす兄の姿を前に、一気に怒りが萎みゆく椿鬼。口を小さく開け閉めして――ああもう! と苛立ちまぎれに頭を掻きむしった。
膝の上の笊をさらい立ち上がって、くるりと踵を返す。ふと思い出したように振り向くや、指を柊一へと突きつけた。
「一晩待て。いいか? 一晩だ。一晩待ったら、たらふく食わせてやるから。だから、もう生のやつを食おうとすんじゃねえぞ」
捨て台詞のように告げられたそれに思わず瞬く柊一を残し、のしのしとその背は遠ざかっていく。
一拍おいた後に軽く頬をかいて微笑った。こういう所が弟の弟たる所以であり、可愛く思えるところであるのだった。
そうして、次の日の朝食の膳には。
「……ほう」
「これが天婦羅、お浸し、酢の物に、ジャムから作ったゼリーだ。茶もできるけど、こっちは時間がかかる。とりあえず今できるのはこれだけだな」
ものの見事に赤一色の食卓に柊一は目を瞬かせた。とりあえず味噌汁をすすり――む、と唸る。味噌汁の具がほろ苦い。箸で摘まむと、くたくたになった蓬の葉が出てきた。
「春の膳ってことにしといてくれよ」
「春の」
「うん」
「……椿膳か。うん。風雅でよいではないか」
目を細めて笑うと、頬を掻きつつそっぽを向く。そういう所だぞ、とぼやく弟に、そういう所だぞ、と柊一も胸中で返すのであった。
さて、どれから手をつけようか。身を乗りだし、なんとはなしに箸先をかち合わせる。
春色の膳はどれも彩り豊かで迷い箸をしてしまいそうになる。
「行儀が悪い」とまた叱られて、後ろ頭を掻くことになるのは間もなくのことであった。
件名 | : 小話1;柊一過去話『名前を呼んで』 |
投稿日 | : 2023/01/21(Sat) 05:13 |
投稿者 | : 忍野柊一 |
参照先 | : |
「健太郎」「光」「拓真」「湊」「満」「隼人」「大和」「伊織」「律」「優斗」「怜」「学」「栄太」「大智」「伊吹」「大河」「明人」「桔平」「歩」――。
今、目の前で「尊」である俺を知る最後の一人が、息絶えようとしている。
他ならぬ俺自身の握る苦無で、喉笛を裂かれたからだ。
気道から血液が流れ込み、もう息をすることすら困難だろう。が、その目は力を失わずに、俺をじっと見上げている。……何か言おうとしている。何を、言おうとしているのだろう。
それは純粋な興味だった。その目には、今までの標的とは違い、恨みも怒りもありはしない。どころか、穏やかですらあるのだ。
俺は身をしゃがめてやり、じっとその顔を覗く。それを確かめてか、わななく口が開いた。
『た、け、る。……ぶじで、』
ぶじで、よかった。
「――――…………」
馬鹿な。この期に及んで俺を慮るなど。
その身を裂かれたはずだ。他ならぬ俺の手によって。分かっているはずだ。分かっているはずなのだ。その目で余さずきちんと目撃したはずだ。
倒れ込む折に俺の手に握られた凶器も。お前を欠片も思ってなどいないこの俺の面も。
だのに、お前は俺を思い、笑うのか。――否、思われているのは尊だ。尊という男が、死に瀕して尚、裏切られたとしても、この男を笑わせているのだ。存在しやしない架空の男が、実在しているこの男を笑わせている。幸せそうに、最期を迎えさせようとしているのだ。
地についた手が拳を握り、筋が浮くほど力を込めるのが分かる。
俺のなかの「尊」が言葉を発しようとしていた。
一年と三か月だ。この男と過ごしたのは。尊が、今にも泣きだし、男に取りすがらんとしている。おやっさん、おやっさん、ごめんなさい、親父、と叫びだそうとしている。
俺の口が開こうとした、その瞬間だった。背後から声がかかった。
「おい、いつまでかかってる。標的はすでに仕留めたのだろう?」
思わずと肩を揺らし振り返ると、此度の相棒役を務めている者が怪訝そうな顔で部屋をのぞき込んでいた。
ハッとし瞬いた後に、おもわずまた男を見下ろすと――その目の焦点は随分甘く失われつつあった。もう口を開くことはないだろう。あるいは俺を、尊を映すことも……。
「おい、だから何を呆けて――……嗚呼」
ぼうっとしかける俺に何か気付いたのか、後ろの声が溜息をつく。認識しつつ反応することができない。親父が死ぬからだ。生まれてからこの方、ロクでもない人生を送ってきた俺が、ようやく手に入れることができた家族といえる存z
「柊」
「……!!」
名を呼ばれ、肩を掴んで揺すぶられる。柊、柊一。おい、しっかりしないか。
身が跳ねた。びくりとおこりを起こしたように跳ねて、一気に目の前が開けていく。
「戻ってこい、柊一。……ああ、戻ったな。まったく、まだまだ修練が足りぬな。役に呑まれかけるなど」
「…………面目の次第もない」
「まあ、今回は父なしのお前には思うところも多々あっただろう。が、そういう所を切り離してこそのいっぱしの忍だ。帰って長に叱られろ。……帰るぞ」
「ああ」
先に出ていく仲間の背を見やる。最後に標的の脈を確かめては、俺も立ち上がった。
後に続こうとして、ふと何かに呼ばれた気がして振り向く。まさかと思い、標的を見るも、やはり完全に事切れていた。空耳だろう、きっと。尊、と呼ぶ声が聞こえたなぞと。いやに親しみの込められた声が。
胸の奥に残り火のごとく揺蕩う、涙まじりの慕情をかき消す。
「……人違いだ。俺は尊じゃない」
低く紡いで、今度こそ部屋を出た。もう一度仲間に、名を呼ばせるわけにはいかなかったからだ。
今、目の前で「尊」である俺を知る最後の一人が、息絶えようとしている。
他ならぬ俺自身の握る苦無で、喉笛を裂かれたからだ。
気道から血液が流れ込み、もう息をすることすら困難だろう。が、その目は力を失わずに、俺をじっと見上げている。……何か言おうとしている。何を、言おうとしているのだろう。
それは純粋な興味だった。その目には、今までの標的とは違い、恨みも怒りもありはしない。どころか、穏やかですらあるのだ。
俺は身をしゃがめてやり、じっとその顔を覗く。それを確かめてか、わななく口が開いた。
『た、け、る。……ぶじで、』
ぶじで、よかった。
「――――…………」
馬鹿な。この期に及んで俺を慮るなど。
その身を裂かれたはずだ。他ならぬ俺の手によって。分かっているはずだ。分かっているはずなのだ。その目で余さずきちんと目撃したはずだ。
倒れ込む折に俺の手に握られた凶器も。お前を欠片も思ってなどいないこの俺の面も。
だのに、お前は俺を思い、笑うのか。――否、思われているのは尊だ。尊という男が、死に瀕して尚、裏切られたとしても、この男を笑わせているのだ。存在しやしない架空の男が、実在しているこの男を笑わせている。幸せそうに、最期を迎えさせようとしているのだ。
地についた手が拳を握り、筋が浮くほど力を込めるのが分かる。
俺のなかの「尊」が言葉を発しようとしていた。
一年と三か月だ。この男と過ごしたのは。尊が、今にも泣きだし、男に取りすがらんとしている。おやっさん、おやっさん、ごめんなさい、親父、と叫びだそうとしている。
俺の口が開こうとした、その瞬間だった。背後から声がかかった。
「おい、いつまでかかってる。標的はすでに仕留めたのだろう?」
思わずと肩を揺らし振り返ると、此度の相棒役を務めている者が怪訝そうな顔で部屋をのぞき込んでいた。
ハッとし瞬いた後に、おもわずまた男を見下ろすと――その目の焦点は随分甘く失われつつあった。もう口を開くことはないだろう。あるいは俺を、尊を映すことも……。
「おい、だから何を呆けて――……嗚呼」
ぼうっとしかける俺に何か気付いたのか、後ろの声が溜息をつく。認識しつつ反応することができない。親父が死ぬからだ。生まれてからこの方、ロクでもない人生を送ってきた俺が、ようやく手に入れることができた家族といえる存z
「柊」
「……!!」
名を呼ばれ、肩を掴んで揺すぶられる。柊、柊一。おい、しっかりしないか。
身が跳ねた。びくりとおこりを起こしたように跳ねて、一気に目の前が開けていく。
「戻ってこい、柊一。……ああ、戻ったな。まったく、まだまだ修練が足りぬな。役に呑まれかけるなど」
「…………面目の次第もない」
「まあ、今回は父なしのお前には思うところも多々あっただろう。が、そういう所を切り離してこそのいっぱしの忍だ。帰って長に叱られろ。……帰るぞ」
「ああ」
先に出ていく仲間の背を見やる。最後に標的の脈を確かめては、俺も立ち上がった。
後に続こうとして、ふと何かに呼ばれた気がして振り向く。まさかと思い、標的を見るも、やはり完全に事切れていた。空耳だろう、きっと。尊、と呼ぶ声が聞こえたなぞと。いやに親しみの込められた声が。
胸の奥に残り火のごとく揺蕩う、涙まじりの慕情をかき消す。
「……人違いだ。俺は尊じゃない」
低く紡いで、今度こそ部屋を出た。もう一度仲間に、名を呼ばせるわけにはいかなかったからだ。
件名 | : 頂き物詳細 |
投稿日 | : 2023/01/02(Mon) 02:00 |
投稿者 | : 忍野柊一 |
参照先 | : |
黒曜石のリングピアス――小ぶりな造り。銀色の曲線に合わせて、小さくカットされた黒曜石が嵌められている。お守りとして頂いた 【輝夜様より】
三種彩りのとんぼ玉根付――ビー玉よりも一回りほど大きく、内側には『焔』が燃えているかのように橙がかる紅が揺らめくよう滲ませられ、表面に『柊』の葉を持つ『紅椿』と、その傍に『赤目・白毛の仔兎』の絵が描かれている 【輝夜様より】
小さな黒猫のデフォルメフェルトワッペン――お顔のアップと立ち座りポーズの2種 ※クロ様にとても似ている 【ゼル様より】
濃紺のローブ――袖口と服裾に銀糸の幾何学模様の刺繍がほどこされ、防寒・防水・防刃(気休め程度の効果)機能が付与されている 【ミリィ様より】
黒地に、工字繋ぎと千鳥柄のワンポイントが入るマグカップ 【ミリィ様とベイヴィル様より】
透き通った飴の入った小瓶――森に咲く花蜜を固めた飴。魔力がたっぷり含められている。カガセオが花畑で集めてくれた 【ゼノン様より】
胴の火――長さ15cm程の銅製の円筒。蓋には椿の花を描き、重なる花弁のうちの三つが通気用の穴となっている。本体にも細長い透かし。 【ゼノン様より】
白花の火――長さ15cm程の、白い木に似た手触りの円筒。蓋には六花状の窪み、本体には白い小花を幾つか描いている。小花の中心に小さな穴。
蓋の窪みに透明な六花の魔石が嵌められ、火種を三日ほど保つことができる。
火に投じても燃えず、刃や銃弾も防ぐ。
魔力を含まない石を入れて数日おけば、火属性の魔石に変じさせることもできる。温石としても使える。 【ゼノン様より】
柊の枝葉と小花を模す、透き通るほど薄くて繊細な飴細工のブーケ――極薄く柔らかく固められた花の蜜で出来ており(カガセオが集めてくれたもの)、薄墨と白の紙を重ねて包まれ、白リボンを結わえられている 【ゼノン様より】
色とりどり、6種類の金平糖――果汁を含んだとりどりの金平糖。
いちご、ぶどう、みかん、マンゴー、もも、キウイ味。占めて6つの缶に入り、白地に淡い色合いの花々を散らす箱に入っている 【ゼノン様より】
花を象る『紙石鹸』と『ハンドローション』、各3つずつ 【アステル様】
香りづけはないものの、近くに鼻を寄せねば分からぬ程度に花蜜の香りを含む。掌に擦る間はよく香りたつものの、香りが強く手に残ることはない。夏の暑気に溶けず、掌でほろりと溶ける
『紙石鹸』――花弁を摘んで、水に濡らして擦ると瞬く間に溶け、手を洗うことができる。保湿に優れた花蜜をたっぷり含んでおり、洗い上がりはさっぱりしているものの、手の水分を保持して守ってくれる。爪の手入れにも優れ、爪の先まで調子を整えてくれる
『ハンドローション』――手指の消毒も出来る保湿液。花弁を摘んで掌に擦り合わせると、花弁が溶けてジェル状になる。
手を洗った後の手入れや、出先での消毒に使える。爪の先まで整えてくれる
『青い桜の手作りブートニア』――大和桜立館のスカイブルーを思わせる桜で作られたブートニア。節目の時期の祝いと変わらぬ友情をこめて 【アントニオ様より】
三種彩りのとんぼ玉根付――ビー玉よりも一回りほど大きく、内側には『焔』が燃えているかのように橙がかる紅が揺らめくよう滲ませられ、表面に『柊』の葉を持つ『紅椿』と、その傍に『赤目・白毛の仔兎』の絵が描かれている 【輝夜様より】
小さな黒猫のデフォルメフェルトワッペン――お顔のアップと立ち座りポーズの2種 ※クロ様にとても似ている 【ゼル様より】
濃紺のローブ――袖口と服裾に銀糸の幾何学模様の刺繍がほどこされ、防寒・防水・防刃(気休め程度の効果)機能が付与されている 【ミリィ様より】
黒地に、工字繋ぎと千鳥柄のワンポイントが入るマグカップ 【ミリィ様とベイヴィル様より】
透き通った飴の入った小瓶――森に咲く花蜜を固めた飴。魔力がたっぷり含められている。カガセオが花畑で集めてくれた 【ゼノン様より】
胴の火――長さ15cm程の銅製の円筒。蓋には椿の花を描き、重なる花弁のうちの三つが通気用の穴となっている。本体にも細長い透かし。 【ゼノン様より】
白花の火――長さ15cm程の、白い木に似た手触りの円筒。蓋には六花状の窪み、本体には白い小花を幾つか描いている。小花の中心に小さな穴。
蓋の窪みに透明な六花の魔石が嵌められ、火種を三日ほど保つことができる。
火に投じても燃えず、刃や銃弾も防ぐ。
魔力を含まない石を入れて数日おけば、火属性の魔石に変じさせることもできる。温石としても使える。 【ゼノン様より】
柊の枝葉と小花を模す、透き通るほど薄くて繊細な飴細工のブーケ――極薄く柔らかく固められた花の蜜で出来ており(カガセオが集めてくれたもの)、薄墨と白の紙を重ねて包まれ、白リボンを結わえられている 【ゼノン様より】
色とりどり、6種類の金平糖――果汁を含んだとりどりの金平糖。
いちご、ぶどう、みかん、マンゴー、もも、キウイ味。占めて6つの缶に入り、白地に淡い色合いの花々を散らす箱に入っている 【ゼノン様より】
花を象る『紙石鹸』と『ハンドローション』、各3つずつ 【アステル様】
香りづけはないものの、近くに鼻を寄せねば分からぬ程度に花蜜の香りを含む。掌に擦る間はよく香りたつものの、香りが強く手に残ることはない。夏の暑気に溶けず、掌でほろりと溶ける
『紙石鹸』――花弁を摘んで、水に濡らして擦ると瞬く間に溶け、手を洗うことができる。保湿に優れた花蜜をたっぷり含んでおり、洗い上がりはさっぱりしているものの、手の水分を保持して守ってくれる。爪の手入れにも優れ、爪の先まで調子を整えてくれる
『ハンドローション』――手指の消毒も出来る保湿液。花弁を摘んで掌に擦り合わせると、花弁が溶けてジェル状になる。
手を洗った後の手入れや、出先での消毒に使える。爪の先まで整えてくれる
『青い桜の手作りブートニア』――大和桜立館のスカイブルーを思わせる桜で作られたブートニア。節目の時期の祝いと変わらぬ友情をこめて 【アントニオ様より】
邂逅録、取得物ほか小話も交える。